
ある時から「メリーゴーランド」を「回転木馬」と呼ぶようになった。回転木馬は切ない気持ちの象徴になった。真心ブラザーズの「別れの三部作」のことだ。
出会いとは対人間だけに限られるものではもちろんない。出会っていたとしても、人生のタイミングがずれてそのことに気づかないことだってある。
社会に出て、いろいろなリアルを知って、「夢」とか「やりたいこと」とかいう言葉に恥ずかしさを覚え、でも捨てきれない、心のうちでチリチリと音を立てているかのようななにかの存在が気になって、人生は生きることか死ぬ行くことか、などとクソまじめに考えてみては外ではなにも気にしていないかのごとく振る舞っていた時代。それは間違いなくいまも続いているのだけれど、そういう時代の最初の頃に「三部作」と出会えたことは音羽屋にとってこの上ない幸せな事件であった。
大学生の頃では出会えなかったと思う。もちろんその前も。現在でも出会えなかっただろう。あの時だったから出会えた。そう思う。守るべきもの、大切なものが次第に増えていくなかで、同時に自意識もふくらんでいく。なんて身勝手なことだろうか。だけど、やっぱり僕は、夢を捨てて生きられないのだ。
| 2008.12.09 Tuesday | 音羽屋的言葉 | comments(2) |







これが何を意味しているのかで
5時間話し合ったことがある
我々の結論は結局
「さよならかしら」
普通だね。
真心ラブ
現在進行形に真心ブラザーズのインスピレーションが続いている。コレがある限り大丈夫だ。